10時頃来てよね

奇妙な実話(怪談)の覚書き。

23時45分

Yさんから奇妙な話を聞いた。

 

Yさんには姉がいて、ある週末、お姉さんの部屋で漫画を読んでいると、突然、ドーン!!!という大きな音が天井から聞こえた。

「何の音!?」

びっくりしてお姉さんを見ると、お姉さんは壁にかかった時計を見て、「え?知らなかった?」と逆にポカンとしている。

「時々、この時間に鳴るのよ。知ってるかと思ってた」

Yさんとお姉さんの部屋は模様ガラスの引き戸を隔てただけの隣同士で、こんな大きな音なら絶対に聞こえているはずだ。でもYさんがその音を聞いたのはこれが初めてだった。

「いつから?」と姉に尋ねるも、「えー分からんけど、この時間って気付いたのはまあまあ最近。ここ2ヶ月くらい」と呑気な返答だった。

 

それから度々、Yさんは姉の部屋でドーン!!!という轟音を聞くが、それは決まって23時45分だった。不思議だなとは思ったが、音が鳴るだけで別にどうと言うことはなく、そのうちYさんも、お姉さんと同じように「当たり前のこと」となっていった。

 

ある夜、姉の部屋で姉妹揃って夜更かしをしていると、何かの用事で母親がやってきた。ドアを開けて立ったまま話す母親の相手をしていると、例のドーン!!!が鳴り、「何!?地震!?」と母親は大層な慌て用で床にへたり込んだ。

母親の部屋も姉の部屋と隣同士、でもやはり音のことを知らなかったのである。

Yさんとお姉さんは顔を見合わせて、

「23時45分に鳴る」とそれぞれ、まるで普通のことのように言った。

母親は不思議そうな顔をしていたものの、自分の子供たちが平気そうにしているからか「ふーん。変なの」と特に追求もせず部屋を出ていった。

 

Yさんは父親を早くに亡くしていて、その家には母側の祖父母と暮らしていた。山間部を切り拓いた住宅地で、市の中心部に行くにはバスで1時間ほどかかるし本数も少ない。Yさん家族は、Yさんとお姉さんの通学のことを考えて引っ越すこととなった。

祖父母は広い家に残すことになるがまだまだ健康で車もあり心配はなかったし、それに会いたくなればバスで来ればいい。寂しさよりも新しい環境と便利になる暮らしの方に興味が向いていた。

引越しの日が近付いてきたある夜、Yさんは就寝中に悲鳴を聞いた気がした。

うっすら覚醒してしまったが、気のせいか、猫か何かだろうとすぐに寝直そうとした。

その時、「Yちゃん、ちょっと」と自分と姉の部屋を仕切っている引き戸が少しだけ開けられた。

こんなことは初めてだった。

「どうしたの?」

とYさんは恐る恐る声をかけた。姉の声が怯えている。

「何かいる」

「どこ?」

「電気つけて。私の枕の上、頭の周り」

「え?」

「歩いてる、頭の周り、周ってる」

「気のせいでしょ」

「違う。枕が、沈んでる。歩いてるみたいに、一歩ずつ」

Yさんは気のせいとは言ったものの、本心ではめちゃくちゃ怖かったそうだ。それでも姉のために最大限の根性を出して、自分の部屋の電気を付けた。

「あ、消えた」

と姉がほっとしたように言った。

「本当にいたの?」

Yさんはわざと茶化した。姉が夜中に寝ぼけたことは一度もない。ましてや夜中に家族を起こしてそんな冗談を言うわけがないことは妹である自分が一番知っていたが、茶化さずにはいられなかった。

「いた」

姉は上体を起こして、自分の枕を振り返った。

Yさんも引き戸を開けて姉の部屋に入り枕を見ると、確かに数カ所の凹みがある。そばがらの枕で、一度凹んだら動かすまでは凹んだままなのだ。

「あ・・・あるね、跡」

「最初夢かと思ったけど、ザク、ザク、と沈む感触があって」

Yさんはふーんとしか言えなかった。お姉さんは「また来たら困るから」と枕を床に置いて電気を付けたまま再び寝始め、Yさんは自分の部屋に戻った。

 

それからは通常通りで姉に夜中起こされることもなく、引越し前夜を迎えた。

最後の荷造りをしていると、ふと、Yさんは23時45分の音を聞いていないことに気がついた。かれこれ数週間聞いていないと思う。ほぼ毎日だったのに。

姉に言うと、「そうなんだよ。あれ以来、あの枕の」と姉も音が鳴っていないことに気がついていた。

「ピッタリ止まった」

「ふーん」

「大きさ的にリスくらいかと思ったんだけど」

姉は喉元過ぎればなんとやらで気楽に言うが、Yさんはそうは思っていなかった。

あの時、暗闇でYさんが感じた気配は人間くらいの大きさで姉の枕元に立ち、姉の頭の周りを杖の先で、ずぶり、ずぶりと何度も刺していたからだ。

Yさんはいまだにお姉さんにこのことは伝えていない。