友達の部屋に幽霊が出る話 <困った同僚>
枕元に男が現実にいる、という主張ではなく心霊現象かも?と友人Aが認識しているという安心感から、私は話題を変えて仕事の悩みとやらを聞いてみた。
新たに配属されてきた3つ年下の女性とのソリが合わないらしい。
その女性は便宜上Bさんとする。
Bさんは友人Aの隣席となり、同じ業務ではないが部署の先輩後輩の関係上、なにかとアドバイスする立場となった。女性が多い職場ではないから仲良くやっていこうと友人Aは努力したという。
しかし、Bさんは職場に慣れてきたころから、友人Aが毎朝タリーズやスタバでコーヒーを買って持ってくることを大声で「またコーヒー買ってる!!そんなお金どこにあるんですかー!贅沢して!!」と大声で言うようになったそうだ。
友人Aは昔から小食で昼は持参のおにぎり1個程度、昼よりも朝のコーヒーを優先しているが、1日の食費は私よりもずっと抑えていて堅実に暮らしていた。資格試験へチャレンジするのも資格手当があるからだ。大飯喰らい&浪費家の私とは真逆で、そんな堅実な友人Aを私は尊敬していた。
「毎朝やで。せやし、最近はうっとうしいからスタバのタンブラーやめて、サーモスの水筒に入れなおしてる。言うてBさんが買うてるお昼のお弁当よりコーヒーの方が安いねんけどな」
当時のコーヒーショップは、2022年の現在よりもっと安かったように思う。独り暮らしをしていても、毎日、しかも朝はタリーズやスタバでタンブラーにコーヒーを注いでもらい、昼は喫茶でコーヒー飲んでから職場に帰るのが習慣、くらいの価格だった。
余談だが私はSeattle's Best派だった。
友人Aが続けるに、
「ほんでな、こないだコピー取りに行って戻ってきたら、Bさんが私のデスクの引き出しを勝手に開けててん」
「まじで?」
「帰るときくらいしか施錠せえへんやん?」まあそらそうだ。
「しまった、って感じの顔してたけど、私が席に帰ったら”引き出し開けっ放し、不用心”って言われてもーてさ」友人Aは自嘲気味に笑って言ったが、「(開けっ放しは)ありえへん」
彼女の性格上、そんな雑な行動は絶対にありえないと私も知っていた。
「その次の日にな、何が起こったと思う?」友人Aは難しい質問をしてきた。
「全然わからん」
「Bさんが、私とおんなじバッグ持っててん。そのバッグ、前の日に開けられてた引き出しに入れっぱなしにしてるやつやねん」
「どゆこと?お揃い?」
「せやねん。私が使ってるの知ってて、Bさんからも ”いいですね” って言われたことあるし、お揃いで買わはったんかなと思って。でも引き出し開けたら無かった」
「窃盗か」
「昼休み外出するとき用に、財布とスマホくらい入るようなサイズの、あるやん?ミニトートみたいな」
はいはい、女子ならだいたい職場に置きっぱなしにしてる。
「で、どしたん?」
「私も我ながらお人よしやなって思うねんで。もしかして無意識に家に持って帰ってもーてるかカバンに入れてるかもしれんしーって思ってな。別に大事でもないからなんも言わへんまま終わってんけど。家帰ってもトートあらへんねんなー」
「どうすんの」
「もうええかなって。どこでも売ってるDean&Delucaのやし。なんか言うたら逆に騒ぎ立てられそうやし・・・」
そのほか、いくつかBさんの言動に迷惑しているという話だった。
例えば、コーヒーだけでなく昼食についても余計なことを言ってきたり、突然お揃いのカーディガンを着てきたり(窃盗ではなく本当にお揃い)、しつこく休日に遠出しようと誘ってきたり。
それを聞くと、Bさんは不器用ながらも友人Aに好意があるのでは?とも思えるが、友人Aからすれば「イヤな感じの粘着」だそうだ。
そして、Bさんは壊滅的に仕事ができないそうだ。
友人Aには、頻繁に泊まりにくる同僚の女性がいる。彼女はCとしよう。
Cさんは実家暮らしで遠方なため、職場に近い友人Aのマンションに毎月泊まりに来ては漫画を読んだり映画を見たり、友人Aの良い推し活相手になっているらしい。
友人AはCさんにも、Bの行動に迷惑していることをよく話していた。同じ職場だし、二人の面識も当然ある。
ただCさんが被害にあっているわけではないから、BさんがCさんを誘う形で遊びに出かけたり、また友人Aも交えて3人でコストコへ行ったりする機会もあったらしい。
ほどなくし、友人Aは持病が悪化したため1週間入院することになった。Bさんのミスをカバーする形で残業が続き、ストレスと寝不足で食事も満足に摂れていなかったらしい。
そして退院後は、基本的に休日は外出せず体力を温存するようにしているとのことだった。仕事をやめるわけにはいかないから。Cさんのお泊りは激減したものの、時々、週末に遊びにくることはあったらしい。
「Cさんは知ってるの?冷蔵庫とか、ジーパンの男とか、」
「知ってる。でもジーパンの話してからはあんまり泊まりはないかも」
「Bさんは?」
「言うてないよ。そんなん職場でまた大声で何言われるかわからへんし」
「バッグのこと、Bさんに聞いてみたら?私も同じの持ってたけどなくなった、とか」
窃盗ならば、会社に言えるんじゃないかと思ったが、友人Aはかなり消極的だった。
「ちょっと前の話やし、めんどくさいし、ええわ」
その返答から、友人Aの疲弊ぶりが伝わってきた。
ある日、友人Aから久々にLINEで食事の誘いがあった。凝った野菜料理を出すイタリアンを見つけたということで、私は二つ返事で承諾して出かけた。
最後に話してから、半年は経過していた。
前述のとおりだが、Bさんのことで相当ストレスが溜まっていたようだったから、今回もグチがあればたくさん聞いてあげようと思っていた。
当日、現地集合で落ち合うと、友人Aは驚くほど痩せていた。
以前よりも偏食になってしまい、食べると具合が悪くなる食材が増えたらしい。それを除くと体調面は良好で、土日もどちらかは外出できるようになり、寝込むこともなく、うまく体調管理ができているとのこと。一安心だ。
とりあえずこの半年間の近況報告をしつつ、共通の友人の噂話などしつつ食事が進み、デザートが出て落ち着いてきたころ、私は友人AにあれからBさんとはどうなったのかを訪ねた。
コーヒーもあるし、なんでも聞きまっせ、と。
そこで友人Aは、「もうほんまに困ってんねん」と前置きして話し始めた。
最初は、半年前にも聞いたバッグ窃盗疑惑から始まり、仕事の尻ぬぐいが大変、お揃いのカーデ・・・
私は、その後の話をするために前置きをおさらいしてくれてるのかなと思って適当に相槌を打ちながら聞いていたが、しかし、彼女の口から語られたのは、半年前のそれと寸分違わない内容だった。
友人Aが満足そうに話している姿を目前にすると、ほかには?とか、それ前に聞いたやつやで?と話の腰を折ることはできなかった。
全く同じ内容でも、何度でも話して、そのたびにすっきりすればいいと思って。
私はやや困惑したものの、話の内容が変化していないということは新しい困り事が発生していないということだ。
それからしばらく経って、私は夫の転勤で遠方に引っ越すこととなった。友人たちが数名集まって壮行会を開いてくれ、もちろん友人Aも参加してくれた。
久しぶりに会う友人Aはほんのちょっとだけ体重が増え、顔色もよく、壮行会の食事も問題なく食べられていたので安心した。
3次会だっただろうか、酔ってうるさい友人たちから距離を置いて、私は友人Aの隣へ陣取り「最近どう?」と。
そして語られたのは、イタリアンレストランでのそれと寸分違わない内容だった。要は最初の内容と変化がない。
しかし今回は新しい出来事の追加あった。私が、「Cさんとは相変わらずお泊り会してるの?」と聞くと、「それがな・・・会社で会っても避けられてるねん」と。
「あんなに仲良かったのに、どうして?」
「私もワケがわからへんねんけど。Cさんと会社の廊下で会ってん。ほんなら急に大声で 『この大噓つき!!!』って叫ばはってん」
衝撃だった。そもそも社会人として、しかも結構いい歳で、職場で避けるとか常識では考えられない上に、そんな・・・
「で、どうしたん?」
「私もわけわからんし、え?なに?どうしたん?ってCさんに寄って行ってんな。そしたら真っ青な顔して、ガタガタ震えて、思いっきり拒否反応でてんねん。『近寄らんといて!』って言うて廊下走って行かはった。やし、それ以来連絡してへん」
「でも会社で会うやろ?」
「もともと部署が違うから、休憩室かコピー室でたまに会うくらいやってんけど。今ではお互いが避けてる感じ。私がおったら絶対に入って来はらへんわ」
Cさんからヒアリングできない以上、なぜいきなりそんな展開になってしまったのか知りようがない。
「なんかわからんけど、誤解が解けるといいね」と私は気慰め程度のことしか言えなかった。
友人Aは、「もう別にええわ~。実は転職活動中やねん」とさっぱりと言った。
「あ、そうなん?応援してる。いいところ見つかりますように」
「ありがとう。ジーパン君は、なんやブーブー言うてたけど」
「え?もしかして前に言うてた、枕元に立つ男の人?」
「そう」
「まだおったん?」
というか、会話が成立するようになってるやん・・・。